スピリチュアルなリーダーシップの原点

 

Title: Origin of spiritual leadership

 

オリジナルの記事はこちら

 

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皆様、こんにちは。

 

SGBCでセッションの場に入れない時」でご紹介した、JR奈良駅でスピリチュアル・ガイドに足止めされたクライアントの女性クミさん。クミさんは、神妙な面持ちで奈良入りしました。それから私たちは、スピリチュアル・ガイダンスをいただきながら、クミさんのSpiritual Guidance-Based Coaching(SGBC)の計画を立てていきました。

 

2021年7月のある日のこと。Spiritual Guidance-Based Coaching(SGBC)のために向かった先は、飛鳥時代に建てられた奈良の法隆寺と、法隆寺に隣接する、斑鳩宮(いかるがのみや)でした。

 

法隆寺は、飛鳥時代の607年(推古15年)に推古天皇と聖徳太子によって建てられたと言われています。元々は聖徳太子の父親の用明天皇が、自らの病気の平癒を祈って建立を発願されたのですが、崩御されたため、推古天皇と聖徳太子が、遺志を継いで完成させたのだそうです。斑鳩宮は、605年より聖徳太子のお住まいがあったそうで、法隆寺は斑鳩宮に隣接して建てられたのだそうです。ですが、その法隆寺最初の伽藍(若草伽藍)は、670年(天智9年)に火災で焼失したのだそうで、現在の場所とは異なる若草伽藍跡にあったのだそうです。

 

現在、斑鳩宮は当時の形では残っておらず、その一部が法隆寺の東伽藍(ひがしがらん)として残っています。後に夢殿や絵殿が建てられ、現在に至ります。夢殿には、聖徳太子の等身大に作られたと言われる救世観音菩薩立像(くせかんぜおんぼさつりゅうぞう)が祀ってあり、春と秋の2回、ご開帳されるのだそうです。

 

 

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午前11時。JR法隆寺駅からシャトルで5分ほどで、私たちは、法隆寺iセンター(インフォメーションセンター)に到着しました。(2021年)7月のお昼ごろの法隆寺は、日差しも強くなっていました。蒸し暑いのですが、直前まで京都の暑さを経験していたからか、暑さが若干京都より和らいでいるように感じました。

 

クライアントの女性は、法隆寺の濃いクリーム色の土壁をぼーっと眺めました。ところどころ藁(わら)が混ざっているのが見えます。この法隆寺の土壁を見た時、強烈な懐かしさと共に、隋や唐の壁と同じだ、という思いが心の深いところからわいてきました。「どうして知っているのだろう?」彼女は不思議に思いました。今世でクミさんは、隋や唐の都がどのような壁だったか知ることもなく、日本でも飛鳥時代の法隆寺のような土壁は見たことはありませんでした。歴史上の「壁」というと、戦国時代以降のお城の石壁や白壁しか知らなかったからです。なのに、とてもよく知っている、懐かしい感じがするのです。


不思議なことに、飛鳥時代の仏像を見ても、瓦を見ても、すっきりとしたやさしい気持ちになるのです。その高いエネルギーに、改めてクミさんは驚きました。
 

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斑鳩宮跡に沿った道には、小石が敷き詰められていました。私たちは、自分たちの靴が砂利道の小石を踏みしめる音を聞きながら当時を思い出すようにゆっくりと歩いていきました。

 

クミさんは、ゆっくりと歩きながら、斑鳩宮での前世を次々に思い出していきました。不思議なことに、斑鳩宮跡を訪ねるまで、その前世のかけらを思い出すことはできても、深くつながることができませんでした。

 

「…私は男性です。飛鳥時代の官吏のような服を着ています。慌ただしく歩いています。すごく忙しそうです。」

 

クミさんは、下を向いてため息をつき、困ったように頭を左右に振りました。

 

(前世の)私は、新しい斑鳩宮を作る作業がなかなか進まず、怒っています。自分の理想を形にしたいのに、それがわかる人材がいない。これでは宮は永久に完成しません。ああ…。全くもう。怒りがわいてきます。」

 

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クミさんが今回SGBCを受けたのは、次のお悩みのためでした。

 

「これまでの人生では、敵と戦うように、自分を傷つける人たちに向きあってきました。でも、いよいよ、そのステージでの学びが終わり、自分を愛し、自分の望みを叶える人生を送るステージに入ろうとしています。その切り替えをしようと思うのですが、切り替えがうまくいかないので困っています。まるで、一つの流れのできた川から、飛び出して、違う川に移るようなもので、新しい流れにどのタイミングで、どのように移ればよいのか、よくわからなくて、本当に困っています。」(「Spiritual Guidance-Based Coachingでセッションの場に入れない時1」参照)

 

それに対して、スピリチュアル・ガイドは次のように勧めていました。

 

「あなたは前世で飛鳥時代に生きていましたね。その人生では、あなたが似たような状況で、どんなに直感を用いても、殺されることはなく、それどころか自分の能力を生かして国に貢献し、寿命を全うできました。それはなぜなのか、その前世を奈良に訪ね、学びましょう。」(「Spiritual Guidance-Based Coachingでセッションの場に入れない時2」参照)

 

「リーダーという立場で、自分と深くつながり、直感を生かして多くの困っている人を救い守っても、」死ぬことがなく、寿命を全うでき、大きな仕事を成すことができた男性としての人生では、どのような知恵があったのか。(「Spiritual Guidance-Based Coachingでセッションの場に入れない時2」参照)

 

 

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その知恵を知るために、私は質問を工夫することにしました。

 

私はクミさんの前世の男性に尋ねました。以下、私の発言を「Ai」、クミさんの前世の男性の発言を「男性」と表記しています。

 

Ai「あなたは怒りをどのように扱っていますか?」

 

男性「怒りには怒りの役割があります。怒りを抑え込んだら、私の体に不調が生じます。怒りについて、仏教では、なくすべきもの、ではなく、正しく扱うもの、という理解をしています。例えば、怒りは私たちに正しい方向を見せてくれます。人に怒る時には、怒りの(エネルギーの)矛先を仏陀に向けます。すると、収まっていきます。」

 

Ai「あなたはどのように直感を用いていますか?」

 

男性「私は生まれた時から直感が強く、よく将来の物事を当てていました。しかし、当時はそのような才能は誰でも持っていると言われていました。ですから、滝行をしたり、川で魚を捕る際に魚と話をしたり、ご神木と話をしたり、等々、自ら直感を高める訓練をしていました。それらの訓練は、誰が教えたわけでもなく、ただそのような訓練に導かれていくことを感じていました。

 

8歳になると、その傾向はますます強くなり、漢詩を読んでもすぐに意味が分かるようになりました。前世とつながると、漢字の意味もすぐにわかったのです。

 

結局のところ、何のために直感があるのか?人のために役立てるためです。自分だけの利益のために用いていたら、正しいエネルギーがなくなってしまいます。ですから私は、自分の直感を人のために、国のために役立てる、と決めたのです。」

 

Ai「当時は今よりも、見えないものを信じ、また畏怖した時代ですね。」

 

男性「そうです。『今日は日が悪い。』という言葉をよく聞きました。しかし、政権にかかわる人々やその家族、豪族たちの多くは、そのことの意味がはっきりわかっていないのです。その意味は、『悪いことがあるかもしれないから、心がけていきなさい。』という意味です。しかし彼らは、『祟り(たたり)の前触れだから家にいよう。』と決めるための言葉になっていたのです。私はその言葉は、思っても使うことはあまりありませんでした。」

 

 

 

 

 

註: 動画は、聖徳太子の斑鳩の宮の跡の一部に建っている
「法隆寺東伽藍(がらん)」です。最初に見える建物が「絵殿 (えでん)」、続く八角円堂は「夢殿 (ゆめどの)」です(参照)。

 

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私は続けて尋ねました。

 

Ai「当時の人々は、陰陽師を用いますか?時には、人の心を操る黒魔術と言ってもよいものを用いることもありましたか?」

 

男性「ええ。魔術的なものの正しい扱い方については、定まった倫理的な考えができていません。人の心は移り変わりが激しく、すぐにころころと変わってしまいます。変わらないのは、真理のみ。私は仏教を国教として考えるものの一人ですが、本当は、人の心が一つになるのであれば、どの真理でもよいはずです。」

 

Ai「なぜ渡来の仏教で、従来の神道ではないのでしょうか?」

 

男性「政治の腐敗が問題です。神道そのものに問題はなくても、それを操る人々によくない心があれば、神の名で人を操ってしまうことが起きるからです。仏教にはまだ、色がついていない。ですから、たとえ全ての真理の道が一つの根源的な真理に収まるとしても、その過程で政治的に利用されては、真理の役割が曲げられてしまいます。私の役割は、国を一つにすること。そのために生まれてきています。

 

ですから、私たちは、あなたの言うところの黒魔術のような負のエネルギーに対し、どのように身を守ればよいか、よく知っています。自分の心の中に、怒りや憎しみを減らすことです。ただそれらのネガティブな感情を抑えても、いつか表面に現れてしまいます。私の説いているのは、瞑想によって、怒りをありのままに見ること。それによって、美しい仏像と同じような、無我の境地に達することができます。

 

黒魔術的なものから身を守るには、自分の心の傷をヒーリングしていくことです。なぜかというと、陰陽師は、操りたいと思う人の心の傷を探します。そして、その傷をもっと開くように魔術を用います。もし、魔術をかけたいと思う相手の心に傷がなければ、何もできません。心の傷がすべてヒーリングされていることは、イコール、神と一つになっている、ということです。」

 

Ai「今世のクミさんは、最近瞑想中に、彼女を騙した男性のエネルギーが、彼女を攻撃したり、彼女のエネルギーを奪ったりしていることを感じて驚き、不安になりました。それは単なるイメージではない、と感じるほどのリアルさがありました。クミさんの生きている今世の心理学では、個人の感覚・認知の全てを、それを知覚している個人の原因であるとしてきました。ですから、実際に人が彼女のエネルギーを奪うことがある、と感じられたことに、クミさんは驚いたのです。エネルギーのやり取りについて、今世で説明がつくようになってきたのは、ごく最近です。」

 

クミさんの前世のこの男性は答えました。

 

男性「(飛鳥時代の)私たちは、エネルギーの概念よりは、『気』という言葉の方がしっくりきます。気は、どんな場所からでも、どんな人からでも、時空を超えて送り合うことができます。その気の影響は、受け取る相手が無防備であればあるほど、入りやすいです。ですから、もし相手が憎しみや憎悪などの悪い気を送ったら、それを受け取るとけがをしやすくなったり病気をしやすくなったり、運が取られたりします。そのような状況から自分を守るには、祈りが効果的です。自分が信じる霊的な存在に対して、祈ります。『私を守ってください。私を鋭い神の知恵で満たしてください。』と祈ります。すると、聞き遂げられることがあります。」

 

Ai「なるほど。この時も、自分を調えることが先なのですね。」

 

男性「そうです。やはり、相手が自分と同じ波長を持っていると、受けやすくなります。逆に、自分の波長が高すぎると、もう相手は何も仕掛けることができません。それが、人間という魂が神になるための試練でもあります。」

 

Ai「前世のあなたから見て、(あなたが輪廻転生した)今世のクミさんへアドバイスはありますか。」

 

男性「そうですね…。時代は違っても、人の心は同じです。いいときはいい。悪い時は残念なほど人の心は醜くなります。今世のクミが学んでいるのは、愛。本当の愛です。本当の愛は、自分をも許す力を持っています。クミは、自分が女性であり、私が男性であることに、生きやすさの根源があると言っています。でも、実際は、彼女の内面の課題があることに気づかなければなりません。」

 

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Ai「(前世の)あなたは、直感をどのように用いるのでしょうか?」

 

男性「すべてにおいて用いています。夢にも霊的な情報は届けられるので、眠っている間も半ば覚醒していることもあります。私にとって、直感やあなたの言うところのスピリチュアルな能力というのは、当たり前のことであって、当然人が持っているものです。ただ、私の場合は、その直感が政治的なことに用いられることが、魂の約束事としてあるので、自分の能力をそのように用いることを、私はただ知っています。その能力を用いることによって、魂が完成するのですから、私は喜んで直感を用いています。

 

例えば、私はいつ田植えをするか、いつ建設を始めるか、いつ、戦争を始めるか、また、終えるか、等の、重要なことを話し合って決めていく立場にいる一人です。先ほど、私がイライラしていたのは、神が決めたことを人間が行わないからです。神が人間を助けるには、人間が努力しなければなりません。そうでなければ、神は人間を助けることはしないでしょう。」

 

Ai「あなたは斑鳩宮の建設が遅れていて、怒っているようですが、その後建設はどうなりましたか?」

 

男性「時間がかかりました。私は神に祈り、自分の(スピリチュアルな)能力を上げていただくよう、祈りました。」

 

Ai「なぜでしょうか?」

 

男性「私の(スピリチュアルな)能力が高ければ、神様はより応援してくださる、と思うからです。徳を積んで、より人の上に立つことができれば、私はもっと大きなことを成すことができます。」

 

Ai「あなたにとっての、(スピリチュアルな)能力とは何でしょうか?」

 

男性「すべてのものと一つになり、神と一つになる、という能力のことです。」

 

私(Ai)はここで、クミさんの前世のこの男性に、気になっていた質問をすることにしました。

 

Ai「聖徳太子は、なぜ斑鳩宮を建てたのでしょうか?」

 

男性(少し黙って)「(聖徳太子は)自分の身を守る必要があるのです。飛鳥宮は、今荒れています。しっかりと構想を練って、本当の意味で民のためになる政治を行うためには、少し中枢から距離を置いて、一人の時間を持ったほうが、効率的です。斑鳩宮は、国のための方向性を練り、大きな決断をするための場所でした。」

 

Ai「聖徳太子は、斑鳩宮から太子道を通り、は、飛鳥宮から約20キロと距離もあります。」

 

男性「距離があるので、敵になるような余分な人たちが斑鳩宮に来なかったのです。距離があるのは、飛鳥宮に行くには不便ではありますが、やむを得ないでしょう。この場所についても、直感を通したお告げで得られたものです。つまり、神事です。」

 

607年(推古天皇15年)に聖徳太子が建立した元々の法隆寺(若草伽藍)。所説あるものの、『日本書紀』には、63年後の670年(天智天皇 9年)に法隆寺が焼失したとの記述があるようです(参照)。

 

その後、場所を変えて再建されたのが現在の法隆寺だと言われています。男性は、今世のクミさんの体を通し、法隆寺の土壁をぼんやりと眺めました。

 

男性「私の時より、少し作り方が違いますね。私たちの時は、もう少し簡素でした。どのように簡素だったか…。(示しながら)ほら、この門のつくりは、凝っていますね。鬼瓦ももう少し手作り感がありました。職人が一つ一つ、手作りで作っており、隋のものを見様見真似で形を確立していきました。」

 

60年以上時が経つ間に、建築の技術も変遷していったことを感じました。

 

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私は、クミさんを一度前世から今世に戻しました。クミさんは深い呼吸をして、今世の意識に戻ってきました。前世療法中、クミさんは高いところから、飛鳥時代の男性の前世と私の間のやり取りを見ていました。そのやり取りを振り返りながら、今世のクミさんとして気が付いたことを話し始めました。

 

「前世のこの男性は、怒りがわいても、その怒りが体の中で正しいところに移動して収まっていきます。でも、今世の私の怒りは、怒りが出たとたんに、無意識に私はものすごい勢いでその怒りを心の中で攻撃して叩いています。『こんな怒りはだめだ。だめだ。』と言っています。なぜだろう?」

 

クミさんは、前世の男性の怒りのエネルギーが、男性の体の中で移動していくのを、クミさんの体を通して感じていました。その時に、男性の怒りの収まり方が自分と違っていたことに、驚いていたのでした。

 

クミさんは目を閉じ、深呼吸をし、体の中にある自分の怒りに尋ねました。そして答えました。

 

「以前、日本である仏教の僧侶の講話を聞いたことがあります。その僧侶は怒りを感じること自体が悪いことだ、と説いていました。今世の私が無意識に怒りを叩く背景として、その影響を受けているように感じます。若かった私は、その講話を真に受けて、その教えが刷り込まれてしまったようです。そして、『怒りを感じることは悪いことだから、よりよい人間になるためには、怒りを感じることを止めなければならない』と思い、無意識に体が反応していたようです。

 

…前世の男性が話す仏教の理解とは異なりますね。この前世の男性が話すことは、『ありのままの怒りを見つめることを勧めるマインドフルネス』と通じるものがあります。…そうか。私には、前世の男性の話やマインドフルネスの方が、真理であると感じます。それは私にとっての真実なのですから、それを尊重してあげたいです

 

でも、その講話を思い出すと、救われない教えに対して怒りがわきます。『人を騙した!皆が不幸になった!なんてことをしてくれたんだ!』と。この怒りの中には、『人を騙さないでくれ。殺さないでくれ。善良な人たちと関わらないでくれ。』という思いが入っているようです。

 

クミさんは考え込みました。

 

「私は、真理について強い関心があります。真理は人を幸せにする、という思いもあります。…今この怒りを感じて、もしかしたら、私は真理について説くことに強い関心があるのかもしれない、とふと思いました。本当の真理を極めたい、そのような思いがあるからこそ、本当でないと感じる教えに対して、これほどの怒りが出たのかもしれない。そうすると、怒りをなかったことにするのではなく、本当は、怒りに場所を与え、じっくり怒りの意見を聞くことが、自分の本心を知る大きな手掛かりになったのではないか。

 

そうすると…、ああ、そうか。前世の私が、『怒りの(エネルギーの)矛先を仏陀に向けます。すると、収まっていきます。』と言ったのは、怒りの中にある真理を見る、ということなのかもしれません。今心の中でそうしているのですが、たしかに、怒りが収まってきました。不思議ですね。あれほど続いた怒りでしたのに。」

 

ある時、海外で、マインドフルネスを教えるある女性の教師に怒りの取り扱いについて、質問をしたのです。すると、彼女は怒りにスペースを与えなさい。と言ったのです。怒りを攻撃するのではなく、怒りに場所を与え、よく見て見なさい。と。なぜか私はその言葉を聞いて急に涙腺が緩み、パッと涙が出たのです。今でもその言葉を思うと、涙がでます。…私は怒りを批判し、封じ込めようとしていたのですね…。」

 

私は尋ねました。「クミさんが今体の中で感じているその怒りは誰の怒りだと思いますか?あなた自身でしょうか?それとも他の人でしょうか?」

 

クミさんは、じっとその怒りを感じました。

 

「…父親の怒りです。」

 

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これまで自分の心の中で叩いてきた怒りが、父親のものであった。

 

心の中で怒りが生じるたびに叩いてきた怒りが、自分のものではなく、父親の怒りである、と知って、クミさんは困った顔をしました。

 

自分の中にある怒りが、他の誰かの怒りであるとは、どういうことか?心理学的に言うと、他の誰かの怒りのパターンを、無意識にせよ意識的にせよ、自分が獲得していたことに気が付いた、ということになります。体感としては、自分のものではない体の中のエネルギーとして感じることがあります。

 

いずれにせよ、自分のものではないので、それをよく見て学んでから手放すことで対応することができます。手放す際には、ご自身に合ったやり方を選択してよいかと思います。例えば、瞑想、祈り、ご自身にとっての儀式的なこと、精神療法等、様々な方法があります。SGBCのセッションの際には、次のような理解と返し方をお勧めしています:自分の怒りは自分のものなので自分で責任を持つ。他の人の怒りが自分の体の中にある場合には、その人に直接返すのではなく、スピリチュアル・ガイドにお返しして、その先はスピリチュアル・ガイドに最善の形で計らっていただく。

 

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クミさんは言いました。

 

「父親のことは、ずいぶん前に、許したと思っていたのですが、このような形で、私に影響を残していたのですね…。父親は怒りが強く、劣等感も強い人でした。文句を言うだけで何も変わろうとしないのです。みじめに、『周りの人のせいで、俺はこうなった。』と被害的に言うだけでした。被害者意識を持つことは、一生治りませんでした。周りのせいにして自分を変えないという点で、父親は努力をしない人でした。一時期、私には努力をしていたように見えたのですが、形だけだったように思います。さすがに子供らが、父親の対応に困りかねて、よりよい生き方のようなことを伝えたことがあったのです。でも一時的なもので、結局は彼の内面は変わらないままでした。」

 

私は尋ねました。

 

Ai「この父親の怒りは、あなたにとって、どのような意味があるのでしょうか?」

 

クミさんは、体の中の怒りを感じながら答えました、

 

クミ「この怒りは…。残念ですが、変わりようのない人たちに対する怒りです。このような人たちからは、もう、私の方が立ち去らなければならないのです。なのに、変わるはずだと思って、私は怒っているのです。『なぜ変われないのだ!』と怒っているのです。すると、体も心もエネルギーを使い果たして疲労困憊します。…ああ、今も、考えているだけでもうエネルギーが体の中から抜けて、疲れてしまいました…。この、エネルギーが抜けた体の部分は、今私が体調を崩している部分です。ああ、きっと、この怒りのために、体からエネルギーが抜けて、体調を崩しているのですね…。このプラスのエネルギーは神様からのいただきもの。それが抜けると、体の中が空虚な感じがします。これから何が起こるか不安で怖いです。」

 

Ai「この怒りで抜けてしまったエネルギーを、どのように取り戻しますか?スピリチュアル・ガイドに尋ねてください。」

 

クミ「はい…。スピリチュアル・ガイドは、こう言っています。『あなたの怒りは、天に返しなさい。私が希望に変えましょう。』」

 

Ai「わかりました。では、そのようにいたしましょう。目を閉じて、その怒りや、エネルギーの抜けた体の部分を感じてください。…そうです。では、スピリチュアル・ガイドとつながって、その怒りを天に返しましょう。体の中で、神様のエネルギーが抜けた部分も、『ヒーリングしてください。』とお願いしてみましょう。」

 

クミさんは「はい。」と答え、さらに自分の内面に集中し、スピリチュアル・ガイドとつながりました。しばらくすると、安堵してゆっくりと深呼吸をするようになりました。クミさんは、ゆっくりと呟くように言いました。

 

クミ「ああ。この怒りは、手放さなければいけない類の怒りなのですね…。つながっていては、私の人生がなくなってしまうような類の怒りです。手放して、神と一つになって、人生を先に進めることが、その状況の解決策であって、それ以外はない。相手が変わらないことはわかっているはずなのに、なぜ自分がこんなに怒っているのか、自分でもわかりません。」

 

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Ai「では、その怒りを客観的に見てみましょう。どのような時に起きているか、考えてみましょう。」

 

クミさんは怒りをじっと見つめ、怒りの出る状況を客観的に思い出していきました。

 

クミ「私の中にある父親のこの怒りは、本当は変わりようのない相手が変わるはずだと思って出る怒りです。『なぜ〇〇できないんだ!』と怒っているのです。でも、相手は変わることができないのですから、本当はその怒りは無駄です。この怒りは、相手のことを正しく判断できないために、起きているのです。なぜ正しく判断できないのだろう?」

 

Ai「その状況が起きている理由を、スピリチュアル・ガイドに尋ねましょう。」

 

クミ「…私のスピリチュアル・ガイドはこう言っています:私が小さいころ、そう、1-2歳ごろ、父親に虐待を受けた。その時に、心に傷ができた。『どうして、お父さんは私を愛してくれないの?』という虚無感と共に、私の心―本心、つまり、いやなお父さんからは愛されなくてもいいので離れる、という気持ち―が消えてしまった。その時から私は、父親の怒りを自分が代わりに取って自分のものにしてまで、大人しいお父さんになってもらって、愛してもらおうとしたようです。きっと、幼い私は、愛されなくて寂しい気持ちもあったのでしょう。でも、それは私が本当に望んで起こした行動ではなく、悲しみを埋めようとして起こした行動でした。その結果、現実は、私は父親のように怒りの強い人間になってしまいました。結果として私はどうなったか?

 

…ああそうか。残念ですが、父親は人も自分も愛することができない人間です。なのに、私は父親の『人を正しく判断できないために生じる怒り』を取ってしまったから、私は父親を正しく判断できなくなり、『なぜ私を愛せないんだ!』と怒っていたようです。

 

…結局今世では、私は苦しいままで、幼いころから父親とコミュニケーションをとることはできず、父親に愛されることもなく、父親とは距離を置いてしまいました。…どうして、私のことを愛せない父親のような人間に、愛してほしいと思ったのだろう。どうして、もっと早くに、このような悪い関係を断ち切れなかったのだろう。悔やまれます。

 

ストレスで体調を崩している今、もし私がここで変わらなければ、私は無駄な怒りばかりを抱えて、何も成さないままで人生を終わってしまうことだって、想定されうるのです。一方の父親は、一見少し怒りが減って変わったように見えても、またすぐに怒りが増えてきました。その結果、父親の怒りやその怒りの強さは変わりませんでした。」

 

Ai「お気持ちお察しします。少なくとも、これまで気づかなかった心のくせを、今見つけることができて、よかったです。では、父親の問題は、父親に返しましょう。スピリチュアル・ガイドにお願いしてみてください。」

 

クミさんは、「はい。」と答え、スピリチュアル・ガイドに祈りました。

 

クミ「…スピリチュアル・ガイドは、飛鳥時代の前世の私が怒りを正しく扱えたのは、前世の私が、自分が怒る人間だからだめだと、思わなかったからだそうです。そうか…。怒るたびに、私のきらいな父親のようになっているのですからね…。心の中で怒りながら、私は無意識に、心の中の父親に、『そのような行動ではだめだ!変わって私を愛せるようになれ!!』と言っていたのですね…。前世の自分は、人の怒りを、自分が代わりに取ることはなかったのでしょう。

 

父親の怒りを私が代わりに取って自分のものにしても、父親の怒りは治まらなかったですね。なぜだろう?(スピリチュアル・ガイドとつながる)…ああ、彼の心が変わっていないからだそうです。そうか…。父親の怒りを取っても、取っても、彼が自分で怒りをコントロールできるようにならない限り、怒りはまた出てくるのですね。私が父親の怒りを代わりに取って自分のものにすることは、父親を変えることができないのですね。何十年と父親の怒りを観察し、父親の怒りの問題が少し改善したように見えた時には、本人が自ら変わりたいと思った時でした。それ以外では、ほとんど変わることはありませんでした。」

 

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クミさんは自分の経験を味わうように、しみじみ呟きました。

 

クミ「心は複雑ですね。でも、私は必ず、父親の問題は神様に返します。もう、前世のように人の問題で命を落とすのは、こりごりです。父親の問題は父親に返すと、本当の意味で、私の人生とは何か、私は何のために生きているのか、考えることができるかもしれません。苦しみが生じても、より糧になるでしょう。

 

問題は父親だけではありませんでした。父親は若い時、怒りが支障になって、出世できませんでした。なのに、母親はそれを認めることができず。『(私たち)子供のために、父親は出世をあきらめざるを得なかった』と言い、私に罪悪感を植え付けました。そういう母親の子供の心を操る支配的な行動も併せて、私は神様に返します。」

 

そして、クミさんは、スピリチュアル・ガイダンスを受け取りました。

スピリチュアル・ガイド「『その(父親の)エネルギーを手放します。』と3回唱えてください。」

 

クミさんは、ついに長年慣れ親しんできたエネルギーを神様に返す覚悟を決めました。神妙な顔をし、数回ゆっくり呼吸をし、それから大きく息を吸い込んで、「はい。」と言いました。そして、心の中で、お腹の辺りに向かって、その言葉を唱えました。

 

すると、不思議なことに、お腹の辺りから、スーッとエネルギーが消えていくように感じました。それを感じながら、クミさんは言いました。

 

クミ「…父親に愛されたかったばかりに、父親の怒りのくせを自分で引き受けてしまうとは。…子供らしい発想です。でも、父親のような怒りは、もうこりごりです。父親のためにもならない。ああ。心の中から、彼のエネルギーが外れました。今まで、そのエネルギーと一つになっていたのでしょう。ああ。体の中から、病気が出ていきます。(体の中のエネルギーを感じながら)…私は自由になりました。」

 

しばらくすると、辺りが静かになったように感じました。大きなヒーリングをいただいたのです。

 

プレッシャーのような親のエネルギーが、クミさんの体から出ていきました。クミさんは、それによって自分が父親を許したことを理解しました。子供の自分が愛情を求める切なさを理解しました。

 

そして、スピリチュアル・ガイドにその子供をヒーリングすることをお願いしました。すると、体が温かくなり、子供の自分が安全な場所に移されたことを感じ、安心してきました。『もう親に虐待されなくていい。生き延びるために、愛されるために、親の問題を取らなくてもいい。なぜなら、私は、神様に愛されているのだから』と感じました。怖かった子供時代の震えるような体の反応を思い出しました。クミさんは肩をすくめ、少し身震いしました。その震えが徐々に消えていきました。クミさんは、子供時代の自分の環境がどれほど過酷だったか、理解しました。それらすべてを感じ、ありのまま受け入れました。

 

クミさんの表情は、少し切なさそうな。でも、覚悟を決めた者の表情をしていました。私は気が付きました。親子関係から学び終えた後の、親とのいい意味での別れ。本当の意味での自立。それは、人生を変えるほどの大事(おおごと)。クミさんのような、幼少期から親からの虐待を受けたケースでは、よほど覚悟がなければ、本当の意味で親との間に適切な境界線(boundaries)を引いて、自分の人生を生きることは難しい。親子関係から学び終えようとしている人が多い現代だからこそ、クミさんの今回の奈良での学びは、クミさんという今世の人生で行う必要があったのだろう。その経験を人のために役立てるというクミさんの信念があるからこそ、SGBCで大きな変化を起こすために、スピリチュアル・ガイドは、JR奈良駅で、クミさんを足止めしたのだ。なるほど…。

 

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私たちは静けさの中で、感謝と共にありました。私は尋ねました。

 

Ai「なぜ斑鳩にまで来たのでしょう?」

 

クミさんは答えました。

 

クミ「私は親子関係を解決するために、これまでたくさんの努力を重ねてきました。どれも役に立ちました。でも、父親のエネルギーがまだ私の中にある、とか、父親の怒りを自分が代わりに取って自分のものにしていた、とか、自分の中に、父親と同じ怒りのパターンを持っていた、というようなことは、ずっとわかりませんでした。怒りをありのままに見る、というマインドフルネスの教えも、頭ではわかっていても、やはり実践するのが難しかったのです。

 

でも、スピリチュアル・ガイドの導きのおかげで、気が付いたことがあります。飛鳥時代の前世の男性の時の私は、人の怒りを取ってはいなかった。だからこそ、怒りを適切に扱えた。そう気が付いたのです。斑鳩に来なかったら、覚悟を決めることはもちろん、これほどの大きな気づきは得られなかったと思います。両親のエネルギーが消えたので、体が軽く、いい意味で体が一回り小さくなったように感じます。ありがとうございます。

 

人生は、思ったより短いと感じます。今から自分の人生をスピリチュアル・ガイドと共に歩いて、私の今世の使命を全うするように生きなければ、時間はあっという間に過ぎてしまいます。私の覚悟次第で、人生はこれほど、変わりうるのですね。スピリチュアル・ガイドの導きに感謝です。」

 

スピリチュアル・ガイドは、この先、怒りが出ることがあれば、同じように、誰からの怒りか、心の中で確認し、父親の怒りであれば、本日のセッションで学んだことを思い出して手放すことを勧めました。また、奈良にいる間に、飛鳥時代の男性の前世を丁寧に思い出し続けることを勧めました。

 

私たちは、この日のセッションのほとんどの時間を、この飛鳥時代の前世の男性がいた斑鳩宮(参照)の敷地があったあたりで過ごしました。法隆寺、特に、斑鳩宮跡を歩いた時の、クミさんの穏やかさは言葉になりませんでした。懐かしさや、エネルギーの高さを感じました。その高いエネルギーを感じていると、どんどん人を許すことができるので、クミさんは、人を恨まなくてもいい、と驚いていました。

 

伝承では、聖徳太子は龍田明神のお告げを受けて、法隆寺を斑鳩に建てたそうです(参照)。クミさんは、聖徳太子は発願し、多くの人々のために尽くした方だと思い出していました。聖徳太子は、ご自身もスピリチュアルな方であった。願いを大きくしながら、スピリチュアル・ガイダンスをいただくことの尊さをクミさんは知りました。

 

クミさんは、奈良入りするまでの半年間ほど、どこにいても、エネルギーが奪われるように感じていたので、なおさら、斑鳩宮跡で、無条件にいくらでも与えていただける高いエネルギーに、感動したのです。そのような場所でSGBCを行うことができたことも、スピリチュアル・ガイドの計らいであり、本当にありがたいことでした。

 

エネルギーの高い場所で、スピリチュアル・ガイドのおかげでたくさんの気づきを得て、クミさんは身も心も軽くなり、貴い気持ちを胸に、この日のSGBCは終了しました。

 

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それからクミさんは、奈良で集中してSGBCを受けることにしました。前世を思い出すことはもちろんですが、彼女の表現する、「これまでの川の流れから新しい川の流れに移ること」を、たえず意識しながら、セッションが進みました。

 

スピリチュアル・ガイドは、クミさんを熱心に応援してくださいました。ある日、クミさんは、「飛鳥時代の人々の暮らしがなかなかイメージできない…。どうしてはっきりと思い出せないのだろう?思い出したい!」と悩んでいました。すると、その日に泊まった宿と、その次に泊まった宿で、少女漫画の傑作シリーズに出会ったのです。願ったらそれが手に入ったことに、クミさんはびっくりし、本心から願うことの大切さを知りました。新しい川の流れでは、無理のない生き方ができる、とスピリチュアル・ガイドは伝えてくださったのだと思いました。

 

クミさんが出会った少女漫画の一つ目は、少女漫画界の巨匠、山岸凉子(やまぎし りょうこ)さんの傑作のひとつ、『日出処の天子』という少女漫画。聖徳太子を始め、飛鳥時代の歴史的な人物たちが繰り広げる歴史ドラマです。フィクションとはいえ、当時の人々の感情的な動きや当時の魔術的なものの扱いがリアルに描かれていました。クミさんは、当時の自分のことを思い出しながら、のめりこんでしまいました。

 

また、少し時代は下りますが、同じく少女漫画界の巨匠 里中満智子さんの「天上の虹 持統天皇物語」。持統天皇は飛鳥時代の女性の天皇で、同じく歴史ドラマです。同じくフィクションですが、より恋愛の要素が強く、当時の一夫多妻制の中での恋愛模様がリアルに描かれていて、クミさんはすっかり女性たちの気持ちに感情移入してしまいました。 

 

クミさんは子供の頃、少女漫画にどっぷりとはまっていましたが、大人になってから、長らく読んでいませんでした。少女漫画が戻ってきたということは、子供時代が癒えたということなのだろう、とクミさんはありがたく思いました。

 

里中満智子さんの「天上の虹 持統天皇物語」 最終巻(第23巻)の、「あとがきにかえて」に、里中さんが次のような言葉を残されていました。

 

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「昔は今と違う」

なんて大間違い

 

どの時代でも

人は一生懸命

「現代」を生きて

「未来」を築こうと

努力している……

 

実在の人物たちは

 

「本当はこうだった」と

言いたいことが

いっぱいあったはず

 

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里中満智子「天上の虹 持統天皇物語」第23巻 2015年3月13日 第1刷発行 講談社. ISBN: 9784063409499

 

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それを読んで、クミさんは、もっと当時のことを思い出したい。約1400年前のことを、もっとリアルに思い出したい。自分の人生を取り戻したい、と思いました。

 

その上で、どうすれば、これまでの生き方を大きく超えて新しい生き方を手に入れることができるのか。どうすれば、幸せをより大きくできるのか、どうすれば、経済的にも精神的にもより豊かになれるのか。願い、学び、叶えていきたい、と思いました。

 

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かぎの一つは、スピリチュアル・ガイドとのつながりでした。父親の怒りを手放した後、怒りについて、さらに学びを深めていくと、自分の怒りが強くなる時、前世の繰り返しが生じ、クミさんが信じる神様とのつながりを手放してしまう傾向があることにも気が付きました。その状況では、自分のエネルギーのみで目いっぱい戦ってしまうので、疲労困憊してしまいます。このことも、長らく体調を崩す要因になっていたことに気が付きました。

 

クミさんは、それを変えるには、神様とのつながりを第一にして生きる必要があると思いました。そもそも、神様とつながっているかどうか、絶えず自分と向き合いながら確認し、人生を選択していく必要も感じました。すると、現実面で、これまでの自分の選択―自分を傷つけてしまう選択―を、別の形―自分を守ることのできる選択―に踏みとどまらなければならない状況も生じました。

 

スピリチュアル・ガイドが提案してくださる新しい生き方―自分の願いを形にする生き方―は、予想以上に慣れないものでした。ですから、気を引き締めて、人生の筋書きを変えるような気持で、セッションに取り組みました。元の川の流れに引き戻されそうになっても、奈良入りしたときの強い祈りを思い出し、新しい川の流れで生きていけるように、強く、強く、祈りました。

 

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その結果、セッションの後、奈良で自分と価値観の合う人たちと、次々に会うことができ、新しいビジネス・チャンスを得ることもできました。これまで出会ってきた気の合う人たちと、もっと尊敬の念をもって会えるようになりました。これらの変化が、まるで、川の流れのように、自然に起きていくことを感じていました。戦いのない、無理のない生き方とは、このようなものか、と人生で初めて知ったように感じました。

 

人生の選択も変わり始めました。クミさんは、自分の気持ちをよく聞くようになりました。自分がイヤだという時には、無理をせず、勇気は必要でしたが、別の選択肢を検討したり、そもそもその物事を止めるようにしました。改めて、自分が望まないことに、Noと言ってもよいのだ、という気持ちになりました。自分の本心に沿っていないことにはNoという学びは、知っていたけれど、もっと深めることができる学びなのだと知りました。横やりを入れるように、Noと言うことを邪魔する考えや状況が起きても、その理由を探って、自分に十分にNoというスペースを与えることができるようになりました。

 

すると、人生のごたごたしたトラブルのエネルギーが次第に減ってきました。ざわざわざした音のようなエネルギーが減って、周りのエネルギーがすっきりし、静けさを感じるようになりました。すると、意識状態が大きく変わり、人生がよりシンプルに、自分の人生の使命によりフォーカスしたものに感じられるようになってきました。自分の人生を客観的に見れるようになり、今世での肉体レベルでの死と人生の時間的な限りをはっきりと意識することができました。

 

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クミさんは言いました。

 

クミ「これまでは、自分に厳しすぎました。ずっと、自分のいいところを伸ばそうと思って努力していたはずだったのに、気が付けば、まだできないことをできるようにしようと無理をしていました。その結果、自分の能力を十分に伸ばせないまま、日が経ってしまいました。肉体の死を意識したとき、もう一日も無駄にしたくない、と思いました。自分の使命に邁進します。」

 

クミさんは、まだ時々、以前の川の流れに関することが起きると、エネルギーが引きずられそうになることがあるのですが、すぐに手放して、スピリチュアル・ガイドとつながり、最善の川の流れを祈り、つながるようになりました。たとえ失敗した、と思っても、すぐに自分を立て直すことができるようになり、それを学びの機会として、自分を責めずに、自分を許せるようになってきました。神様と一つになって、将来に向かって歩き出し、困った状況を手放すようにすると、負のエネルギーに絡まらずに、その状況から脱出することができるように感じました。するとますます、体が軽く、自由になってきました。

 

セッションの後、クミさんは思い切って、奈良に長期で滞在することにしました。

 

クミ「土地のエネルギーに、これほど影響を受けるとは思っていませんでした。今は、奈良様のエネルギーに守られていることを感じます。すごくポジティブに、人生の流れを受け止められるようになっているのです。意識が変化しているのを感じます。次第に体調も良くなりつつあります。」と仰いました。

 

「もう一秒も一日も無駄にしたくない。自分の人生を生きたい。」という強い思いが、クミさんを突き動かしたのです。

 

ひとつの川―生き方―の流れの中で学び終わったと感じたら、必ずしもその流れの中でずっと泳いでいく必要はない。たくさんある川の中で、どの川の流れで行くかスピリチュアル・ガイドと選択し、自分に合った川の流れの中で、新しく流れていく。難しい学びの一つです。新しい流れ方を覚える必要もあるでしょう。新しい流れ方を会得するために、それまでに覚えた川の流れ方を手放す必要もあるかもしれません。そこには、たくさんの大切な学びがあります。一つ一つ、丁寧に学び終えていきましょう。

 

ご自身の願いを丁寧にスピリチュアル・ガイドにお伝えになると、必要なものを与えていただけるように感じます。クミさんのような大きな変化も、その一つだと思いました。大きな変化をものともせず、波に乗っていかれたクミさんに、大きな声援を送りたいと思います。

 

 

 


註:クミさんには特定の宗教はなく、スピリチュアルなことを学びながら、クミさんの信じる神様・スピリチュアル・ガイドとのつながりを学んでいました。当院の定義では、スピリチュアル・ガイドに神様を含めるのですが、クミさんは、セッションの際に、神様とスピリチュアル・ガイドを分けていたので、そのように記載しています。